都心から80km圏内にありながら、豊かな自然環境に恵まれた山梨県小菅村、人口700人程の小さな山村だが、全国初のヤマメの人口孵化に成功したことで知られている。
そんな小菅村に大きな決断を迫る事態が急浮上した。
2014年6月から実施されることになった国の臨時給付措置がそれである。
同年4月の消費税率の引き上げに伴い、低所得者の負担緩和を図る「臨時福祉給付金」と子育て世帯を支援する「子育て世帯臨時特例給付金」の支給が決まったのだ。
給付業務を滞りなく行うには、新たな業務基盤が必要になる。 しかし、小さな村に専任の情報システム担当者はおらず、システムの開発・保守は地元のシステムベンダー任せ。 新たにシステムを開発すると、少なく見積もっても数百万円はかかる。 その原資は住民の税金だ。
「給付金の支給対象者は最大でも80人程度。給付額を1人1万円と考えた場合、総額は最大で80万円。
給付金支給のためのシステムに、給付総額を大きく上回るコストをかけるわけにはいきません」と山梨県小菅村役場の柳澤 久智氏は述べる。
自分たちでエクセルを利用して作業を進める方法もあるが、個人が作った帳票は属人性が高く、担当者が異動した場合の引き継ぎが困難だ。
管理も煩雑になる。
ベンダー任せを脱却し、誰でも使えて、安上がりで、手間のかからないシステムを目指す ―― 、
それが同村の下した大きな決断だった。
その決断を実現するため、同村が採用したのが、セールスフォース・ドットコムのクラウドサービスである。
これは2009年4月に実施された定額給付金制度に対応したクラウドサービスをベースに開発したもの。
臨時福祉給付金と子育て世帯臨時特例給付金に必要な給付申請書の印刷・発送・受付・審査・支給決定・支給などの全業務プロセスを見える化し、統合管理を可能にする。
住民からの問い合わせや折衝記録、対応評価などもデータベースで一元管理できる。
均質な対応を可能にし、住民満足度の向上も期待できる。
「実績のあるシステムをもとに、自治体の業務支援で培ったノウハウが反映されている点を高く評価しました」と柳澤氏は語る。
クラウドサービスは標準化された仕組みをネットワーク経由で「サービス」として利用する形態。
サーバーなどのハードウエアを購入せず、新たにシステムを作り込む必要もない。
地域性を踏まえた要件にも柔軟に対応できる。
しかも、初期費用と半年間の運用費を含めて総額はわずか40万円で済む。
「人口700人程の小さな村でも、人口数十万人の大都市と同等なシステムを低コストで実現できるのです」と柳澤氏は評価する。
同村は2014年1月から導入に向けた事前検証を開始した。
「当初はネットワークの影響を受け、処理が遅くなるのではないかという不安もありましたが、実際の動作は軽快で、これなら業務に支障なく使えると確信しました」。
検証段階には入力画面構成などの最適化を図ったが、メールやテレビ会議を使った迅速なやり取りにより、ほとんどのケースは即日で課題を解決できた。
「検証や最適化を含めた作業はわずか3カ月で完了しました」と柳澤氏は語る。
こうして同村はクラウドサービスを活用し、同年6月から給付金支給業務を開始した。
「要件を網羅した標準的な仕組みなので、戸惑うことなく誰でも使えます」と話す柳澤氏。
人に依存しない作業が可能になり、エクセルや紙の台帳で作業する場合に比べ、給付業務の効率化につながったという。
入力した情報は信頼性の高いクラウド上に電子データとして保管されるため、情報保護の安全性も高まった。 「災害発生時にもデータ消失のリスクが低く、大切な住民情報を長期にわたって安全に管理できます」(柳澤氏)。 過去の履歴を簡単に参照できるのも大きなメリットだ。
このようにセールスフォース・ドットコムのクラウドサービスは、高い情報セキュリティが求められる行政サービスでも安心して利用できる。
給付金支給業務以外にも、自治体の幅広い業務をカバーした多様なクラウドサービスを提供している。
「『コストをかけられない』『専門の情報システム担当者がいない』といった小さな自治体ほどクラウドサービスのメリットが生きてくる」と話す柳澤氏。
今後は業務の棚卸しを進め、クラウドサービスの適用範囲の拡大を検討していく考えだ。
山林にある小さな村は、クラウドを駆使することで先進的な自治体へと生まれ変わろうとしている。